M&Aから見る製菓・製パン業界の未来⑪ 株式会社日本M&Aセンター

食品業界専門グループチーフ 高橋 空

商標権トラブルを回避するために

 菓子業界のM&Aにおいては、商品を展開している企業や、長年にわたりそれぞれの地域でお店を営む企業等が保有する「ブランド」に、企業の価値が付くケースが多い。新たなブランドを獲得するためにM&Aを実施する企業も少なくない。そのため譲渡企業はブランド価値を守ることが必要だ。

 ブランド価値を守るための対策は、ずばり特許庁への商標登録だ。商標登録されると競合他社に模倣された場合、法的に権利を主張することができる。商標登録の申請には、一定の手間と費用を要するが、先願例がなければ問題なく取得することが可能。注意点としては申請から登録まで、一定期間(数カ月から1年程度)待つ必要がある。

 日本では、800万件を超える商標が登録されており、毎年10万件以上が新しく追加される。そのため、新商品の構想段階で「特許庁、商標、検索」とインターネットで調べ、すでに登録されていないか確認する必要がある。

 過去の菓子業界において商標問題でトラブルになった事例として、大阪の洋菓子「堂島ロール」で有名な「モンシェール」が挙げられる。この会社は以前、「モンシュシュ」という会社名で多店舗展開していたが、すでに他社による商標登録が発覚。訴訟で敗訴し、数千万円以上の賠償金に加え、ブランドと店名を「モンシェール」に変更することを余儀なくされた。この事例のようにブランドにおける商標は非常に重要な法務論点になる。

 商標権に関するM&Aの論点は大きく2点ある。1点目がモンシェールの事例で取り上げた「商標権の侵害」である。展開するブランドで商標権を取得していない場合は、同じブランド名で他社が取得していないかチェックすることが求められる。怠ると損害賠償を被るからだ。

 他社が取得していた場合の対応策として、①商標権を買い取る②ライセンスを受ける③相手の商標権を無効にする(取り消す)④会社名・プロダクト(サービス)名を変更することが挙げられる。ただそれぞれ論点がある。①では他社も利用している商標が大半であるため、条件交渉が難航する可能性が高い。②については、自社で当該名称の使用を独占できない以上、自社ブランドとしての価値を向上させることが困難で、ライセンス契約を解除されるリスクもある。③では、無効審判や不使用取消審判請求を特許庁に対して行うことも考えられるが、弁理士や弁護士の代理人費用がかかる上、時間もかかる。④でもこれまで当該商標により積み上げてきた信用やブランド価値が毀損されることは言うまでもない。

 したがって、①~④の手段を取った場合はそれぞれリスクが発生することを忘れてはならない。可能な限り自社で商標権を先に取得する姿勢が肝要だ。

 2点目が「商標権の取得先の確認」である。商標権を取得している場合であっても、法人ではなく、オーナー個人などで取得している場合は、M&Aの際に商標権の時価譲渡が必要となる。商標権の時価の算定方法は様々あるが、個人で商標権を取得している場合は、早めに税理士など専門家に時価評価の依頼を行い、金額感を把握することが重要である。

 商標権のトラブルによりM&Aが破談になったケースもあるため、M&A実施の有無に関わらず自社の知的財産権の現状について、今一度確認することを勧めたい。

たかはし・そら

1991年9月、神奈川県生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、株式会社船井総合研究所にてフードビジネス専門のコンサルティングに従事した後、日本M&Aセンターに入社。食品業界専門グループにて、食のベンチャー企業のイグジット支援から創業100年を超える老舗企業の事業承継支援まで幅広くM&A支援に携わる。