M&Aから見る製菓・製パン業界の未来 ⑧

株式会社日本M&Aセンター

食品業界専門グループチーフ 高橋 空

М&Aで失敗しないための留意点

 適切なM&Aは、譲渡企業・譲受け企業の関係者に大きなメリットをもたらします。「後継者問題の解決」や「業界再編に備えた経営基盤の強化」、「事業領域の拡大」など経営者の課題解決にM&Aは有効な手段です。

 一方で、多くの経営者・オーナーにとって、M&Aは人生に一回限りの出来事であり、必要な情報を知らない場合も少なくありません。今回は失敗しないM&Aのポイント4点を解説いたします。

 1つ目は、「既存顧客や取引先との契約・関係性」に注意しましょう。M&Aを検討する上で、既存顧客や主要な取引先との契約内容の確認が必要です。注意すべき代表的なポイントとして、チェンジ・オブ・コントロール条項(COC)があります。これはM&Aなどを理由に、取引先の経営権の移動があった場合、契約内容に制限がかかる、または解除することができる規定です。この規定があった際、契約相手に通知し承諾を得る旨が定められている場合もあります。M&Aによって、既存の顧客や取引先との取引条件が見直され、取引停止となるケースも想定されます。契約相手の状況を把握し、どのように対応するか、そもそも対応をするべきかを含めて検討することが重要になります。

 2つ目は、「従業員の雇用条件・労働環境」です。従業員の雇用を守り、雇用契約を引き継ぐためにも従業員の雇用条件も重要な論点となります。事業譲渡では雇用契約を結び直すため、雇用条件が現状から変更される可能性もあるので特に注意が必要です。優秀な人材流出を防ぐためにも、雇用の継続だけに焦点を当てず、雇用条件を維持できるように交渉と成約を進める必要があります。

 3つ目が「企業文化の統合」です。人事や社内システム、組織体系などハード面を統合できても、それぞれが築いてきた企業文化などソフト面での統合には時間も理解も必要です。福利厚生や権限移譲の範囲、実務の仕方など統合作業を急ぐばかりに無理に推進すると、従業員からの反発も起きかねません。M&A後の統合プロセスの専門家であるPMIコンサルティングなど外部の専門家を活用することも選択肢に、慎重に進める必要があります。

 最後は、「適切な自社株価での譲渡」です。譲受け企業は譲渡企業の将来の事業運営を見据えて売却価格を決定します。そのため「高い収益性が見込めない」と判断されると、売却価格が譲渡企業の想定を下回る場合もあります。そうしたケースを避けるためには、利益率を上げるなど企業価値を高めるための対策が必要となってきます。

 “譲渡企業と“譲受け企業の双方、そしてその関係者の方々がWin-Winとなる「成約」の先の「成功」までを見据えたM&Aのためには、事前準備が重要になります。以上4点をご参考に事業承継の準備にお役立てください。

 

たかはし・そら

1991年9月、神奈川県生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、株式会社船井総合研究所にてフードビジネス専門のコンサルティングに従事した後、日本M&Aセンターに入社。食品業界専門グループにて、食のベンチャー企業のイグジット支援から創業100年を超える老舗企業の事業承継支援まで幅広くM&A支援に携わる。