業界のアテナたち(全3回) 株式会社菓子卸センター坂下商店 代表取締役   坂下静香社長

 

 坂下商店の歴史は古い。遡ること100年前の1923(大正12)年、菓子職人であった静香社長の祖父である故坂下末吉氏が八戸の伝統駄菓子を製造販売する「永栄堂」を創業したのが始まりである。創業から40年が経った1963(昭和38)年には「坂下末吉商店」を設立し、主力業務を菓子製造販売から菓子卸にシフト。1974(昭和49)年に静香社長の父である2代目の故坂下忠司氏が「㈱菓子卸センター坂下商店」を立ち上げ、現在に至っている。

 

 

 地域で生き残ること

 

 静香社長が家業に飛び込んだのは、1990(平成2)年のことであった。

 当時の問屋は、威勢の良い男社会であったに違いないが「3人姉妹の長女として生まれ育ったので、父の跡を継ぐことは自然の成り行きでした。それとなく、父からは帝王学的なことを学んで育ったような気がします」とさりげなく語る静香社長。実は、人知れぬ苦労の連続であった。

 都内の菓子問屋で修業を積んできたとはいえ、小売業界の低価格競争に合わせた大手卸との価格競争が激化する中での地場問屋の事業経営は、まったく次元の違う厳しさがあった。

 「ましてこの頃、世間では、中間マージンをカットするためにメーカーと小売の直接取引を推奨する〝卸不要論〟というものが声高に謳われていました。私ども卸売業としては、とても耳の痛い話でした」。

 静香社長にとって、まさに逆風が吹き荒れる中での船出であった。

 地域で生き残るための方法を必死に模索した。「大手卸ではできない取引先へのキメ細やかな対応は勿論のこと、坂下商店のオリジナルブランドになる商品開発に取り組みました」と振り返る。

 コンセプトは〝地域の生産者や製造者と手を組んだ商品開発〟。

 「これからは、地元に利益を還元する地産地消的な商品開発が必要になる。オリジナルブランドで他社との差別化を図ることが大切だ」という静香社長のポリシーに最もかなう方法であった。

 この当時、常務取締役であった静香社長は経理全般を、専務取締役で叔父の坂下吉輝氏が主力となり、八戸名物の南部煎餅にチーズをトッピングするなどした『八戸せんべい 揚げチーズ』や『八戸せんべい 焼きチーズ』などの商品開発を既に推し進めていた。

 以降、文字通り二人三脚で試行錯誤しながらも、2000(平成12)年、県内に古くから伝わる駄菓子と菓子職人の技術に着目して開発した『みちのく方言菓子』シリーズの発売に漕ぎつけたのである。

 「地元の生産者や製造者とともに、新しい商品を作り上げたことが最大の喜びでした。関わった方々に喜びを還元することが、問屋としての最大の役割だと確信しました」と回顧する静香社長。

 坂下商店初となるオリジナルブランドの発売は、取引先の売上拡大と同時に坂下商店の知名度を高めるなど、地場問屋として新たな境地を見出すことに繋がったのである。

 

 危機の訪れ

 

 静香社長が代表取締役に就任した翌年の2011(平成23)年3月11日、三陸沖を震源とする東日本大震災が発生した。

 東日本の太平洋側全域に未曽有の災害がもたらされ、これまで経験したことのない危機が坂下商店を襲うことになる。

 八戸港の崩壊、市内を流れる五戸川の氾濫など、太平洋に面した地方都市八戸の物流網は完全に麻痺した。手元にある商品は、倉庫の在庫だけ。それまで取引のなかった小売業までもが〝何でもいいから売ってくれ〟と坂下商店に押し寄せて来た。

 「在庫商品にも限りがある。どうするべきか」と考えて辿り着いた答えは「取引先であってもなくても、困っている時こそ助け合わなければ…」であった。

 案の定、わずか数日で倉庫は空になった。

 恐れていた結果ではあったが、それでも静香社長は「地場問屋としての役割を果たした。地域のお役に立てて本当に良かったという気持ちでいっぱいでした」と回想する。

 思いがけない出来事

 物流ルートを日本海側の陸路に変え、徐々に商品が入荷するようになったのは、震災発生から1か月後のことであった。

 ちょうどその頃、「地域のためにやったことが、思わぬ形で返ってきた」という出来事があった。

 在庫商品を譲った小売業から〝苦しい時に助けてもらった。おかげで、お客さんに商品を販売することができた〟という感謝の言葉と新規取引の申し出を受けたのである。

 東北人は〝冬の厳しい寒さを助け合って乗り越えているから人情に篤い〟といわれるが、それだけではないだろう。

 人情を超えた静香社長の〝地場問屋としての矜持〟が引き寄せた出来事なのである。   (続く

 

坂下静香(さかした しずか)

青森県八戸市生まれ。

昭和女子大学短期大学部、大原簿記専門学校を卒業後、都内の菓子問屋に就職し、電算システム部に所属。1990年に家業の菓子卸センター坂下商店(青森県八戸市)に入社。常務取締役を経て、2010年7月、代表取締役社長に就任。他社から資本を受ける企業が多い中、「心に幸せを届ける」をモットーに特定地域を商圏とする独立系の菓子専業卸売業の3代目社長として活躍中。趣味は茶道。