M&Aから見る製菓・製パン業界の未来 ④ 株式会社日本M&Aセンター

食品業界専門グループチーフ 松岡弘仁

後継者不在からより良い方向へ

 菓子業界のM&Aは、後継者不在やコロナ禍での内食需要拡大を背景にますます盛んになっている。60代以上のオーナー経営者が代表を務める企業の内、後継者不在の企業数は127万社とも推定され、先行きを見越して60歳前後でM&Aでのお相手探しを希望されるオーナー経営者は年々増えている。2022年1月に株式譲渡を決断された「㈱清水屋食品」の清水敬子(元)社長もその一人だ。

 清水屋食品は、岡山県を拠点にパン・菓子を製造する企業。2022年1月に佐賀県を拠点とする九州のアイスクリーム・チョコレート菓子メーカーの「竹下製菓㈱」とのM&Aを行った。

 清水屋食品は、1966年に清水社長のお父様が創業。2014年頃に商品開発し、販売を開始した「清水屋の生クリームパン」の大ヒットをきっかけに、増収増益を続け、M&A直前期には年商10億円を超えるなど、順調に売上を拡大していた。

 会社がようやく成長軌道に乗り始めた矢先、清水社長が株式譲渡を決断された背景には、やはり後継者不在があった。清水社長ご自身も60歳を迎えられ、またご息女らが社内で勤務されていたものの、経営者として事業を承継するご意向はなく、日本M&AセンターでM&Aのお相手探しをスタート。探し始めて早々に複数社、有力な候補先が名乗りを上げ、竹下製菓をM&Aのお相手として選ばれた。竹下製菓の現代表である竹下真由社長は、清水社長のご息女と同年代の女性社長。東工大の大学院を卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、竹下製菓5代目社長に就任された敏腕経営者だ。M&A後、清水屋食品の代表にも就任され、清水屋食品の事業承継は無事完了した。

 本件は事業承継という側面もあったが、一方で清水屋食品という会社をより良い方向へ成長させる「成長戦略」という側面もあった。竹下製菓とそのグループ企業が有する工場拠点で主力商品である生クリームパンを増産する体制が一気に整い、また竹下製菓の取引先へ販路を拡大することで売上の増加も見込まれる。これまでに販売できていなかったエリアへ、商品を届けることもできる。

 M&Aは事業承継の手段の一つではあるが、それだけにとどまらない。企業としての成長の選択肢を増やす、成長戦略の一つでもある。それゆえに後継者候補が社内にいても会社の成長を目的にM&Aをするというケースも増えてきている。もともと後継者候補だった方は、社内でも特に重要なポジションに就いていることが多く、M&A後も重宝される。清水屋食品においても、ご息女らは会社のことを深く理解されており、変わらずにご勤務されていると聞く。

 会社をより良い方向へ導いていくために、どういった選択肢をとるべきか。会社にとってより良い人材や企業に事業を引き継いでいき、会社をより成長させることができるという点で、M&Aは非常に有効な手法の一つだ。

 まつおか・ひろと 東京大学法学部卒業後、2018年に日本M&Aセンターに入社。入社以来一貫して、食品業界を専門として製造業、小売業、外食業などのM&Aに取り組む。2022年には岡山で60年以上の歴史を誇る「生クリームパン」を製造販売する清水屋食品と、九州で絶大な人気を誇るアイス菓子「ブラックモンブラン」を製造販売する竹下製菓との資本提携を手掛けた。