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発売50年を迎えた『極上 柿の種』 竹内製菓(新潟県小千谷市)

地元新潟県人が認める正統派

 大正末期、現浪花屋製菓の創業者今井與三郎の妻さきが、もち生地を切り抜く金筒を誤って踏み潰してしまったことから誕生した「柿の種」。新潟米菓の「顔」であり、今日、米菓のジャンルとして確立されている。誕生当初の柿の種は、現在「大柿」と呼ばれるサイズ。その正統を守る竹内製菓の『極上 柿の種』が今年発売50年を迎えた。国産もち米100%使用の『極上 柿の種』は、地元では売れ筋№1。その品質と味で県内の主要SMはじめ、チャネルと販売エリアを拡大中だ。半世紀の愛顧に応える品質と、竹内製菓の「こだわり」に迫る。

▲国産もち米100%使用の『極上 柿の種』は今年、発売50周年記念パッケージで店頭に並んでいる。生産効率は悪いが、正統製法にこだわり半世紀。改めてその品質と風味にスポットが当たっている

▲竹内製菓の『極上 柿の種』のサイズは、およそ40ミリから50ミリ

 長さ40ミリから50ミリほどの大柿。若い世代には、このサイズは奇異に映る。

 「亀田さんはじめ大手の製品が今では主流になっているが、これが本来の大きさ。50年前には当たり前だった」と、竹内和孝社長は語る。

 柿の種の元祖は現浪花屋製菓の創業者今井與三郎だ。さき夫人が踏みつけた丸い金筒が元に戻らず、三日月状のまま生地を抜いて焼いたのが始まりとされる。今を去る百年前、大正末期のことだ。家内工業であった当時の米菓屋では、固まったもち生地を鉋で削り、金筒で抜いて焼いていた。すべてが手作業。今日のような小粒の柿の種を量産することなど、及びもつかない時代であった。

 「ウチが大柿を売り出した頃はどこもこのサイズだったが、一般流通に乗って柿の種が非常に人気になった。大手では機械化し、人手のいらない作り方を考え、あのサイズになった」(同社長)。

 つまり、米からもちにし、棒状に伸ばして冷却乾燥後、硬化したもちを切断して焼きあげるのだが、本来のサイズだと、最低でも2日は寝かせなければ切れない。もちを細く薄くすれば、硬化は格段に早くなる。またデンプンを使って、さらに硬化を早め、生産性を高めていったのである。

 率は正直いって悪い。そこだけを考えるなら丸米をやめるとか、いろいろ方法はあるが、やはり看板商品。敢えて正統な昔ながらの作りを変えずにやってきた」とは、昨年専務に就任し、竹内の次代を担う義朗氏である…

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▲『極上 柿の種』を手に竹内和孝社長(右)と義朗専務

竹内製菓とニッサンの技術が結晶!!

 今夏7月7日に発売された『新型カキノタネ』(82g入り・税込み500円、販売元龍屋物産、製造協力竹内製菓)が人気だ。フジTV系の人気番組「脱力タイムス」で採り上げられると、多くの車マニアの注目を集め、YouTubeなどSNSで話題になって火がついた。龍屋物産の売店では、一時整理券を発行し殺到するファンの対応をしたほど。この『新型カキノタネ』は、神奈川県伊勢原市がお土産品などのブランド化を目指した「伊勢原うまいものセレクト」委員会の委員である龍屋物産が、地元企業の日産自動車とコラボした企画。柿の種製造では、龍屋物産が古くから取引のある竹内製菓に協力を要請して完成したものである。缶ビール様の容器の中にはダットサン12型(1933年)からスカイライン、フェアレディを始め2019年のアリアまでの23車種と、伊勢原の象徴である大山を模したカキノタネが入っているのである。

 「日産のテクニカルセンターと伊勢原市のコラボということで、日産では総合研究所の技術者とデザイナーが全面協力。様ざまな困難の末、発売に漕ぎつけました」(龍屋物産・高橋範行商品部部長)。柿の種の生地を抜く、前代未聞の金型(単型多車種の同時型抜き金型=写真下)完成までには日産と、百貨店向け高級米菓から業務用まで、幅広い製品を手掛ける竹内製菓の技術が結晶している。「話があったのは昨年の8月。正直、米菓屋の常識では無茶な話だと思った。しかし、小千谷まで若い技術者がやってきて、不可能を可能にしてしまった」(竹内和孝社長)。「多い時には10人以上の技術者や撮影スタッフが現場に入った。それこそ始めは異次元のタッグだったが、できないことはないという技術者の情熱にひかれ、型のサイズや配列、生地の調整、焼きの工夫など、多くの試行を重ねた。約半年、ウチにとって良い経験になった」(竹内義朗専務)

▲写真資料提供=龍屋物産㈱(神奈川県伊勢原市)