業界の女神(アテナ)たち SPECIAL 井村屋グループ株式会社 中島伸子 代表取締役社長(COO)(全3回)

 2018年度から中期3年計画「新・維新Next Stage2020」をスタートさせた井村屋グループ。翌2019年、中島伸子氏は社長に就任した。女性が社長となるのは1896年創業以来初めてのこと。同氏は、経理事務のアルバイト職から同社でのキャリアがスタートした。著しい経営環境の変化への迅速な対応や、ダイバーシティの積極的な取り組みで、既存事業の発展と新規事業の推進を図るべく、抜擢されたという。第1回は、就任後の約1年間を振り返ってもらった。

第1回 ピンチをチャンスに

 

 「正直、数字はきびしいものがありました」と中島社長は語る。

 まず、ここ数年の小豆の高騰。2016年の台風による被害や、2018年の天候不順による不作が未だに大きく尾を引いている。2016年と2019年のスタートを比較すると原価上昇は2倍以上。井村屋グループの取り扱い製品は約7割が小豆製品のため、影響は少なからずあった。

 「私は、社長就任前から代表権を持つ副会長でしたし、2017年以降の推移を見ていれば、2019年はどんな年になるか分かります。覚悟を決めて社長をお引き受けしました。浅田剛夫現会長が実践されてきた、社員の個性を重んじる経営に私も力を発揮したいと思って」

 お菓子業界のみならず、2019年は日本全国、様々な苦難が待ち受けていた。6月から7月の天候不順、秋に連続した台風上陸、消費税増税による景気の低迷、そして2020年が明けてからは新型コロナウイルス肺炎の感染が広まっている。

 「初夏が涼しくて、冷菓の主力『あずきバー』シリーズの、上半期の売上本数は前期比12・5%減。冷菓カテゴリーの売上高は11・4%減となりました。7月だけで言えばアイスクリームの前年同月比が67%。今まで経験したことがない厳しさです。でも大変な状況であればこそ、社員みんなの気持ちがひとつになるチャンス。今までと同じではいけない、変わらなければ!と社員も思ったはずです。下期は『やわもちアイス』シリーズの販促を積極的に行い、同シリーズの売上が前年同期比11・2%増となりました」

 秋冬向けの新製品としてアイスの新ブランド『KASANEL』を立ち上げ、焼菓子とアイスを組み合わせた『KASANEL どらやきロールアイス バニラ』も好調に推移。今年2月に第2弾『いちご』を発売した。

 「ピンチは試練。チャンスに変える良いタイミングかもしれないと思っています。あの時のことがあるので」

 〝あの時〟とは1972年に遭遇した北陸トンネル火災事故のこと。20歳直前の学生だった中島社長は大きな転機を迎えた。当時日本で2番目の長さを誇った鉄道トンネル内での列車火災は、死者30名、負傷者714名を出す大惨事になった。教師を志していた中島社長は、最後の生存者として確認されたが、まともに声が出なくなり、治療のため全国各地の病院を転々とした。3年費やしても、完治する気配はなかった。とは言え、いつまでも働かないままではいられないので、叩いたのが井村屋の門。福井営業所で経理事務のアルバイトを始めた。

 「それでも教師の夢は諦めきれず、腰掛け程度の気持ちでした。ただ、2年の間に、この会社はすごいなと感激する出来事が続いて」

 一つめはアイスクリームのカップのふたの改善提案。ふたをはがしやすくするため、持つ部分を大きく強度も高めてもらうよう提案したら、本社が取り入れて金一封を手にしたこと。二つめはアルバイト2年目に安全標語が採用され、呼ばれて行った本社に自分の考えた標語が飾られてあったこと。

 「すごくうれしかった。今よりまだまだアルバイトの地位が低かったのに。アルバイトの意見やアイデアが真っすぐにトップまで上がって、きちんと評価してくれる。こんな会社なら正社員になって頑張ってみたいと思ったんです」

 人生のピンチをチャンスへ。井村屋での職業体験が中島社長のポジティブ思考に結びついた。苦難を好機につなげていく考え方は、その後、女性社員の働き方を改善する原動力にもなる。(続く)

中島伸子(なかじま のぶこ)

1952年新潟生まれ。1978年1月/井村屋製菓㈱(現:井村屋グループ㈱)入社、1998年4月/北陸支店長、2006年4月/執行役員関東支店長、2008年4月/上席執行役員マーケティンググループ長、同年6月/取締役マーケティンググループ長、2011年6月/常務取締役総務・人事グループ長、2013年6月/専務取締役井村屋グループ㈱部門統括、2017年4月/代表取締役副社長井村屋グループ㈱部門統括、2018年4月/代表取締役副会長井村屋グループ㈱部門統括、2019年4月/代表取締役社長(COO)。

【予告】

第2回 “職”の壁を取り払う

第3回 挑戦は幸せのため